作家/ジャーナリスト・惠隆之介の公式ホームページです。沖縄や尖閣問題について、保守系言論人としての活動をご報告しております。

2018年01月8日 遅れて新年のご挨拶

皆様、明けましておめでとうございます。御挨拶が遅れ大変失礼致しました。

昨年暮れ、元左翼活動家が極秘書類を弊会に提供して来ました。元旦返上で昨日まで約一週間を費やして必死に分析しましたところ、信憑性が極めて高く第三国による沖縄工作が見えて来ます。

本件をベースに今後、慎重かつ大胆に県民啓もう活動を推進して行きたいと思って。どうか今年もご指導、ご鞭撻のほどお願い申し上げます。

皆様方にとりまして今年が繁栄の年でありますよう祈念申し上げております。

     沖縄・尖閣を守る実行委員会
      代表 惠隆之介

2017年12月23日 朗報!沖縄青年の覚醒

今朝、クリスマス休暇で帰省した隣家の青年が私に挨拶するなり、顔を輝かしながら、「今ジャカルタ(インドネシア)に勤務しています。日本人というだけですごく尊敬されるんですよ!なんでも戦前日本がオランダ300年の圧政からインドネシアを開放してくれたというんのです。」と語気を強めて語りましたあ。

私は思わず眼がしらが熱くなりました。

沖縄で小中高と学び、幾重にも反日侮日教育を受け、しかも沖縄方言を公用語にしようとする基地外教育に疑問を感じた青年は、米国に飛び出しバイトをしながら現地のカレッジで学んんで米国企業に就職、今や世界を俯瞰しながらビジネスに挑戦しております。

僭越ですが、チャンネル桜「沖縄の声」で発する小生の発言に啓発される青年は少なくありません。

2017年12月22日 翁長知事もっと勉強しましょう!

知事は昨晩のNHKニュースでデタラメ言っておりましたのでここで訂正します。知事のスピーチを要約すると、
「沖縄戦の最中、住民が収容所に隔離されている間に普天間基地は米軍によって一方的に建設された。帰還した住民はフエンスで仕切られた旧住居区を懐かしみながら基地周辺に居を構えた」。

実は普天間基地のフエンス設置は1962年以降、それまではこの用地は住民に開放されており「牧場」と呼ばれておりました(1952年5月9日「沖縄タイムス」)。

住民は養豚業で荒稼ぎ、基地から残飯をもらって家畜に食わせ、また肉を米軍に高値で売った。夜は女性たちが米軍人相手の水商売でまた荒稼ぎ。結果「国際集落」と呼ばれていたのです。

さらに米国政府が土地借地料算定のため自己申告させたら、多くの者が3倍以上吹っ掛けたのです。結果普天間基地は水平線の彼方まで飛び出す始末。

普天間の繁栄を知った沖縄住民は離島各地からも殺到、戦前人口の約8倍に膨れあがったのです。

国民よ、心ある県民よ、NHKを初めとする情報詐欺集団に騙されてはなりません。

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