作家/ジャーナリスト・惠隆之介の公式ホームページです。沖縄や尖閣問題について、保守系言論人としての活動をご報告しております。

日米友好促進会

ご挨拶「日米友好促進会」

megumi-r
*P・W・キャラウェー米陸軍中将胸像南大東村開拓
100周年を記念して村民によって建立

現在沖縄や日本本土で、戦後沖縄が米国の施政下にあった期間を、まるで暗黒の時代であったかのように宣伝されております。これは明らかに史実に反します。

米国は、戦後から1972年の沖縄返還までの27年間、10億ドル以上の国費を投入し、沖縄の近代化に貢献しました。

とくに米国は沖縄キャラウェー中将銅像_写真振興の最大障害とされた種々の感染症を撲滅し、プライマリィ・ケァーを徹底するため看護学校を設立し、米国式公衆衛生看護婦システムを定着させました。

加えて道路、橋梁、ダム、発電所等のインフラを建設したばかりでなく、琉球大学を創立して沖縄住民に大学教育を行い、さらにガリオア・フルブライト留学制度を沖縄住民に優先的に適用して国際水準の人材育成に努めました。

米国はさらに沖縄女性の勤労意欲や潜在能力に着目しました。戦後直ちに女性の人身売買を米軍布告をもって禁止し、日本本土より半年早く参政権を与えたばかりでなく優秀な女子人材は米軍基地で管理職として登用しました。

megumi-r

このような米国の革新的政策は数値となって現れました。戦前、沖縄の人口は60万人が限界で、県民平均寿命は47歳でした。経済的にも脆弱で県民所得は全国平均の35%、沖縄県の財政も政府援助や移民出稼者の送金によって辛うじてまかなわれておりました。

ところが沖縄が日本に返還された1972年、人口は95万人を越え、県民所得は全国平均の70%、県民寿命は79歳という、全国最長寿県を達成していました。

ひるがえって敗戦後の混沌とした時代、わが国は飢餓と陸海軍の解体によって沖縄の実効支配は困難なとき、米国の統治が無かったと仮定したら、沖縄は今頃、中国か台湾の支配下にあったことも十分考えられます。

願わくば、今後の沖縄、日本を担う若人らがこれらの史実を理解し、沖縄が日米友好の礎として機能し、東アジアの安定と繁栄に寄与きますよう、本日フェスティバルを開催致しました。

米国と米国国民に神の祝福があらんことを祈っております。

惠 隆之介

「日米友好促進・感謝 Festival」

2012年は沖縄の日本返還40周年にあたります。 保守系団体や政党による記念式典が県内外で挙行されましたが、コンセプトは単に日本復帰を回顧する式典でした。 その中で、5月19日に沖縄市民会館で、惠隆之介主催による「日米友好促進・感謝Festival」が開かれた。

megumi-r

この式典は、米国による戦後27年間の沖縄統治を総括するものでありました。米国は沖縄統治期間中に約10億ドルの国費を投入して港湾、棟梁、発電所、ダム等のインフラを整備したばかりか、琉球大学、看護学校を創り、沖縄住民に高等教育や衛生思想を普及させました。

この結果、戦前、種々の感染症が蔓延し不毛の地であった沖縄は一新されました。

沖縄政策成功の根底には、恩讐を越えた米軍軍人、米軍看護婦達の献身的人道行為があったればこそでした。当時わが国は戦災で餓死者を出すぐらい窮乏しておりました。

この式典は、米国の功績を称え、また復帰後世代に認識させるため開催されました。なお式典には、米海兵隊第3海兵遠征軍音楽隊による支援が行われ、「宇宙戦艦ヤマト」も演奏されるなど会場は日米友好一色となりました。また、米四軍総司令官グロッグ海兵隊中将代理デタタ米陸軍大佐、米国総領事グリーン氏によるスピーチがそれぞれ行われました。そして同式典は在沖米国領事館を通じてワシントンに報道紹介されました。

megumi-r

この式典に併せて「110日本復帰40周年記念写真集Ⅰ.jpg日本復帰40周年記念写真集Ⅰ」が作成されました。これは、米国統治時代の記念 写真をまとめたものです。

「日本復帰40周年記念写真集Ⅰ忘れられた 『アメリカ世』」

日本復帰40周年記念写真集Ⅰ忘れられた『アメリカ世』
沖縄の住民生活を向上させた米国の功績:
インフラ建設、マラリア等の全感染症の撲滅、医療基盤の確立
琉球大学設立、フルブライト留学制度の拡充、災害人命救助など
詳細わかりやすい記念写真集(6ページ)

ご希望の方はこちらから

megumi-r

最初は、内閣府特命担当大臣として、沖縄および北方対策を担当した衆議院議員・小池百合子氏のビデオレターを上映。小池氏は「アメリカ施政下にあった沖縄について、知らない人は多いでしょう。でも今回配布されている写真集は、看護師育成や公衆衛生の教育など、アメリカが果たしてくれた素晴らしい実績も伝えています。このフェスティバルは、アメリカに感謝の気持ちを持つ、素晴らしい機会だと思います。」などと語った。

米国は、本土復帰前から沖縄の学生の留学を支援

megumi-r

続いて、来賓のレイモンド・グリーン駐沖縄総領事が壇上に立ち、本土復帰前から奨学制度などで沖縄の学生たちの留学支援を続けていること、留学生が減少傾向にある日本の中で、沖縄では今年はすでに2011年の2倍を超えるビザ申請者がいることに触れ、「アメリカの学校で学ぶ、沖縄の学生は、日米友好関係だけでなく、韓国、中国、台湾、インドなどアジア太平洋全体とのネットワークを構築できる。これは、未来の起業家やビジネスリーダーのための大切な繋がりです。」と、留学支援における語学能力獲得や、国境を越えた人間関係の重要さを話した。

megumi-r

続いて、デビット・デタタ大佐沖縄に駐留する米軍を代表して登場。「沖縄の地理は日本の平和と安全の維持に重要な役割を果たしています。沖縄に駐留する米軍は、潜在的対立国や自然災害による危機にすばやく対応することができます」と東日本大震災のトモダチ作戦を例に挙げて、地理的な重要性について語った。

「沖縄は我々にとっての第二の故郷です。地域社会の一員として、礼儀正しく責任のある、よき隣人であるよう努力しています」という言葉には拍手がわきおこった。さらに米軍が伝統として地域の清掃作業などの社会貢献やボランティアに自ら希望して参加していることや、日本の若い医師が米軍海軍病院で西洋医学や軍事医学を学べる医師研修プロジェクトについて語り、米軍と沖縄の関係強化について訴えた。

沖縄の復興はアメリカの多大なる支援によるもの

megumi-r

主催者の惠隆之介による記念講演では、「戦前の沖縄は劣悪な衛生環境による感染症などで人口は60万人以上には増えず、平均寿命は47歳。男尊女卑の思想も根強く、経済的にも脆弱で、日本政府の援助に支えられていました。敗戦後は余裕のない日本政府に変わり、アメリカが10億ドル以上の援助を行って沖縄復興の道を築いてくれたのです。とくに沖縄の女性の潜在能力に注目し、女性の人身売買を禁止し、日本本土より半年早く参政権を与え、優秀な学生には大学進学や留学を奨学金などで支援した。さらに、最先端の看護の知識等を教えた結果、本土復帰時には、感染症は撲滅され、さらに人口95万人、平均寿命は79歳という全国長寿県になりました。」と話した。

megumi-r

そして、沖縄に10年以上勤務して看護師の育成と公衆衛生システムの確立に貢献した“沖縄看護の母”ワニター・ワーターワース女史の「看護に国境はありません。戦勝国もなければ、敗戦国もありません。

私は沖縄の看護を国際基準に引き上げたいと思っています。」という言葉をスクリーンに映し出された写真とともに紹介し、感謝を伝えた。

米軍将校婦人たちの福祉活動

megumi-r

続いて、沖縄の国際婦人クラブに長年在籍した久保田照子氏が壇上で「沖縄にある福祉施設のほとんどが米軍将校夫人の方々のおかげで設立しています。ただ、寄付をするのではなく、古着を売るなどのチャリティーで資金を集める。その奉仕精神や慈愛の心に多くのことを学ばせていただきました。改めて感謝申し上げます。」などと語った。

そして第3海兵遠征軍音楽隊による演奏が行われた。マーチングやクラシックのほか、ジャズや「宇宙戦艦ヤマト」のテーマまで飛び出し、場内は、手拍子で大盛り上がり。スタンディングオーベーションのなか、急遽アンコールの曲が演奏された。

megumi-r

閉会の挨拶は、惠隆之介から「本日の式典はわずかな一歩かもしれませんが、日米親善に大きな影響を与えるものになったはずです。沖縄の発展の礎となられた多くの米軍人および家族の方々。神は隣人愛に生きる方々を祝福し、永遠の生命を与えてくださると思います。May god bress you,may god bress America.」と締めくくり、会場内からは大きな拍手で包まれた。

ページのトップへ戻る