作家/ジャーナリスト・惠隆之介の公式ホームページです。沖縄や尖閣問題について、保守系言論人としての活動をご報告しております。

おきちゃんの解説

沖縄を制するものが東アジアを制する!  ・・・おきちゃんが解説します・・・

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沖縄の地政学的位置と、
沖縄県の有する広大な海面の底に眠る資源こそは日本の国富の根源です。
絶対に中国に渡してはなりません!

1.戦略的視点で見た沖縄の位置

近代戦は航空戦力優位が絶対条件、沖縄の地政学的価値にご注目!

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朝鮮戦争の時にはB29戦略機が、沖縄の基地から発進して半島を南下して来た中国北朝鮮連合軍を痛打しました。

冷戦時代の1962年には、中距離核ミサイル・メースB、96発が中国全土を照準して沖縄に配備されました。この抑止効果は絶大だったのです。そして、我が国はこのお陰で東京オリンピックに成功して、驚異的な復興を果たしていったのです。

ところが、この史実を評価している学者は皆無に等しいんです。現在、沖縄嘉手納米空軍基地に配置されたF22ステレス戦闘機は中国・北朝鮮を睨んでいるのです。

2.沖縄県に属する海面は本州の面積に匹敵

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東京に県都那覇を置いたと仮定した地図です。

その広大な海面面積がご理解頂けるものと思われます。
世界最大級の熱帯鉱床が、本島近海で発見されているんです。

3.尖閣危機にいかに対処するか、オスプレィの運用の視点より考える

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尖閣で軍事紛争が勃発して、日米安保条約が発動されたと仮定しましょう。

米海兵隊使用ヘリ在来型CH46 単独では航続距離がまったく足りません。

佐世保より空母(揚陸強襲艦)を南下させて搭載していかなければなりません。これでは、1週間から10日かかります。

オスプレイだと単独で飛行し空中給油なしでも単独で帰投できるのです。飛行時間も僅か40分~50分なんです。

4.我が国のシーレーンと、中国がめざす第一列島線、第二列島線の地図です。

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脅かされる沖縄海域・シーレーン.jpg①~③は、平成3年より平成5年にかけて沖縄近海で発生した中国公船による海賊行為事案です。

①平成3年には那覇の西北西600㎞地点に集中的に発生
②平成4年には西北西300㎞に近づき、通行船舶に射撃を行うようになって来ました。
③平成5年なりますと、200㎞の地点にまで接近して来て、外国船舶の乗員を射殺するという事件まで発生しました。

日本政府、沖縄県は対応に苦慮していたのですが、彼らがロシアタンカーを射撃してしまいました。怒ったロシアは、「無差別攻撃」を宣言し、艦隊を同海域に派遣しました。

すると中国公船団は蜘蛛の子を散らしたように霧散し、以降、海賊行為は消滅しました。

マスコミが絶対報道しない米国統治下における沖縄の歴史

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米軍は27年間の沖縄統治期間に、合計10億ドルの国費を投入して、住民の民生安定、インフラ整備をして沖縄の発展に尽くしてくれたんですね。

1945年 4月 米軍沖縄本島上陸、米軍軍政の開始
5月~6月(沖縄戦) 米軍、沖縄全域160カ所に3総合病院、5地区病院、150診療所を建設、婦人科、小児科の医師を米本国より徴用して診療に当たらせた。(診療費は無料)
6月 域内の組織的戦闘終了
8月 日本ポツダム宣言受諾
8月 米軍、「うるま新報」(現在の「琉球新報」)創刊、住民に無償配布記者、瀬長亀次郎(戦前、沖縄大政翼賛会幹部、戦後復帰後日本共産党選出代議士)
米軍、児童教育用にガリ版刷り教科書作製発行、同時に文化財の収集保護に乗り出す。
米軍、海外引揚者および戦災住民に住宅を供給するため「藁葺き(かわらふき)簡易住宅」供給開始(3年間で7万5千棟建設)。
1946年 4月 米軍、域内各地に小中学校建設、授業開始(日本語)
米軍、沖縄中央政府創設(「琉球政府」を経て日本復帰時に現在の「沖縄県庁」となる)
米軍、沖縄議会創設(「琉球立法院」を経て、現在の「沖縄県議会」となる)
5月 米軍、域内各地に米軍、域内各地の診療所を統合整理本島中部に民間用総合病院として「沖縄中央病院」を発足、同時に附属看護学校創設
1948年 5月 米軍、琉球銀行創設(中央銀行的存在)
6月 中国軍機(国民党)、石垣島旧日本海軍飛行場に強行着陸、「沖縄統治権の譲渡」を米軍に主張するも却下、排除される
7月 「沖縄タイムス」米軍の支援にて創刊される
1949年 7月 米軍の支援にて域内青年の米国留学開始
(日本復帰までに1,819名が米国大学を卒業)
1950年 5月 米軍、琉球大学創設(史上初、日本復帰までに10,402名の住民に大學教育実施)
1952年 11月 米軍、一号線(現在の国道58号線)着工、沖縄史上初の幅員50㍍のアスファルト舗装道路
1953年 5月 牧港発電所(46,000キロワット)建設、運転開始
(戦前域内の発電量は200キロワット)
1955年 11月 米軍、感染症撲滅のため公衆衛生看護婦システムに着手
1961年 米軍、金武ダム完成、沖縄の慢性的水不足解消に貢献 (総工費29万ドル)
1962年 3月 米軍、沖縄風土病「マラリア」根絶宣言
1969年 7月 米軍、福地ダム(県内最大)建設に着手 1974年完成
1972年 5月 日本復帰
米軍による公衆衛生システムが奏功、県民寿命は47歳 (戦前)より、寿命78歳(全国最長寿)を達成
人口59万人(戦前)より、人口90万人を達成

※米国は27年間の沖縄統治期間に、住民の民生安定、インフラ整備に合計10億ドルの国費を投入した。

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