作家/ジャーナリスト・惠隆之介の公式ホームページです。沖縄や尖閣問題について、保守系言論人としての活動をご報告しております。

惠隆之介について

主要略歴

R_Megumi_02

昭和29年(1954) 沖縄コザ市生まれ
昭和53年(1978) 防衛大学校管理学専攻コース卒(22期)
昭和54年(1979) 海上自衛隊幹部候補生卒 世界一周遠洋航海を経て艦隊勤務
昭和57年(1982) 退官(二等海尉)、その後琉球銀行勤務
平成 9年(1997) 米国務省プログラムにてニューヨーク、ワシントン等で国際金融、国防戦略等を研修
平成11年(1999) 銀行退職、以降ジャーナリズム活動
平成21年(2009) 拓殖大学客員教授
平成23年(2011) 沖縄国際大学非常勤講師 (~平成24年3月)
平成24年(2012) 「八重山日報」論説委員長 (~平成25年3月)

現職

拓殖大学 日本文化研究所 客員教授
シンクタンク「沖縄と尖閣を守る会」代表
作家、ジャナーリスト

※取材・講演等のご依頼は、こちらから。

惠隆之介の生い立ち

佐藤栄作元首相より防衛大学校進学を祝っていただいた書

R_Megumi_02
昭和49年5月、葉山で総理より直接頂いたものです。

この2年前、佐藤総理(当時)の功績の結果、沖縄は日本に復帰しました。

ノーベル平和賞受賞決定発表直後の佐藤元首相

R_Megumi_02
世田谷区代沢の私邸にお祝い言上に伺ったときの写真です。 

当時、私は防衛大学の一学年でした。
昭和49(1974)年11月16日

佐藤栄作元総理と寛子夫人と


(代沢の私邸にて 昭和49(1974)年8月)

総理の長兄は佐藤市郎海軍中将、「海軍兵学校開学以来の秀才」と言われておりましたが、健康を害し、中将で予備役になられました。

現在、山口県田布施に次兄の岸信介元総理、佐藤元総理とご兄弟三人のお墓が横一列に並んで建立されております。 

最後の艦隊勤務


昭和56年5月、護衛艦「おおい」水雷士の任務を終了 

退艦にあたって艦上で部下の敬礼、見送りを受けているところです。爽やかな青春でした!

最後の海自士官夏正装


昭和57年6月、自衛隊退職の一ヶ月前です。

昭和天皇の弟君 高松宮殿下


昭和天皇の弟君高松宮殿下と、後列は殿下と同窓、海軍兵学校の先輩方です。

殿下は私を帝国海軍の後輩として可愛がって下さいました。

(昭和57年10月7日、高輪の御用邸に於いて)

昭和天皇侍従長入江相政氏と


陛下から侍従長を通して、「郷土沖縄のために尽くせ」と激励のお言葉を賜りました。

(昭和57年10月8日、宮内庁に於いて)

元大本営参謀瀬島隆三氏と


恐るべき日本の頭脳でした(昭和57年10月11日、都内に於いて)

防衛大学校剣道部時代


「攻撃こそ最大の防御」と言う精神を体得しました。

※取材・講演等のご依頼は、こちらから。

ページのトップへ戻る